批評家から絶賛され、累計発行部数も1億部を突破した『進撃の巨人』の作者である諫山創が天才と称される理由についてまとめてみた。
絵にこめられた怨念の凄さ
諫山創が19歳、専門学校生の頃にマガジン編集部へ持ち込んだ作品が65ページの読み切り版『進撃の巨人』だ。
19歳の諌山の持ち込みを対応したのが、マガジン編集部で、その後『進撃の巨人』編集者ともなる川窪慎太郎である。
川窪は持ち込みを読んだ時に「ストーリーよりも、絵に衝撃を受けた」と語る。
川窪:話自体も面白かったのですが、それよりも、絵に込められた熱を感じました。専門学校生ですから、プロの作家と比べてうまいというわけでは決してないのですが、どのページ、コマ、線からも強烈に訴えかけるものがー大げさに言うと「怨念」のようなものがあったと思います。それが強く印象に残っていますね。(Febri 『進撃の巨人』の原点 諫山創×川窪慎太郎 ロング対談 より)
重厚なストーリー性が連載開始後、高く評価されるようになった『進撃の巨人』だが、編集者が驚いたのは、「絵の怨念」だったという。
上手くないのに、なぜか強烈なインパクトが残る絵、それが諌山の持つ絵の力だ。
その後、将来性を見込まれた諌山にはすぐに担当編集がつき、デビューを全面的にバックアップされることとなる。

学生時代の持ち込み作品で編集部が衝撃を受けるという天才ならではのエピソードですね。
物語で『世界そのものを描く』圧倒的な才能
諫山の『進撃の巨人』は「現実の世界の複雑さ そのもの」を描いていると評されることが多い。
『進撃の巨人』アニメ版の監督である荒木哲朗は
その圧倒的な才能を決して真似できないと評している。
荒木:もっとも尊敬しているのは「物語で世界そのものを描く」ストーリーテラーとしての才能なんですが、それはまったく真似できない。(Febri 荒木哲朗 キャラ作りの重要性 より)
小説家の高橋源一郎は、
なぜ世界の複雑さを描けるのか?ということに関して
諫山の創作のスタイルに言及している。
高橋:諫山さんはひとつは神話に足を置いているけど、もう一つは現実にすごく足を置いている。つまり、もう一つ可能だったかもしれない「平和」とか、今脅かされている「国の在り方」みたいなものを描くことでファンタジーにしない。(NHK シリーズ深読み読書会「進撃の巨人」より)

先が読めない物語の構築力は、諫山さんの凄さとして、最も語られる点ですね。
社会に「思想」をもたらした
評論家の岡田斗司夫は諫山創は『進撃の巨人』で社会に思想をもたらしたと語っている。
岡田:多分若い読者にとっては、これが思想書になってると思うんだ。例えば今の40歳ぐらいかな?SF読んでるおじさんにとっては『銀河英雄伝説』っていう小説が社会や民主主義を考える基本ツールになっているっていうのがある。今の20代~30代にとって『ゴーマニズム宣言』や小林よしのりさんの活動全般が思想的な根拠になっているんだ。(YouTube岡田斗司夫ゼミより)
漫画家・小林よしのりによる『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』(1998年)は、90万部を突破する大ベストセラーとなった。
当時のインテリよりの少年、青年の心をとらえ、その後ネット上に現れる、いわゆる『ネット右翼』をつくりだす源泉となった。つまり、社会に思想をもたらしたのだ。

この世界の不条理さ、日米関係、戦後、社会の分断など、あらゆる社会的なトピックとつながる『進撃の巨人』は正に思想書ですね。
小説家の高橋源一郎は、優れた作者の作品は意図している、していないに関わらず、社会と勝手に結びついてしまうと語っている。
諫山が『進撃の巨人』の連載を開始して
2年後に起きた2011年の東日本大震災との関連を高橋はこう分析している。
高橋:優れた作品っていうのは、まさに深読みを誘うような構造を自動的にとってしまうから無意識のうちに時代と勝手に結びつくところがある。これを読んだ時にどうしても巨人は「津波」だしね、壁は「防潮堤」だろって。新井(英樹)さんの『ザ・ワールド・イズ・マイン』も同時多発テロ。そのために書いたわけでも、予言したわけでもないのに必ずリンクしてしまう。(NHK シリーズ深読み読書会「進撃の巨人」より)
後に名作とされるような作品はどうしても社会と結びついて語られる傾向にある。
社会的な事件とリンクした作品として語られるのは『エヴァンゲリオンシリーズ』が記憶に新しい。
『新世紀エヴァンゲリオン』アニメシリーズ(1995‐1996)
正体不明の敵と目的もよくわからないままに14歳の少年たちが戦う『エヴァンゲリオン』は、1995年に起きたオウム真理教による地下鉄サリン事件とリンクした。
不安に襲われる社会の中でアニメは大ヒットして、社会学者は、『エヴァンゲリオン』を通して社会を分析しようと試みた。
『エヴァンゲリオン』シリーズからの物語上・ビジュアル上の影響が強く感じられる『進撃の巨人』。
実は、社会的な事件とリンクするという点でも2作は共通しているのだ。

『進撃の巨人』は日本だけでなく、海外でも大ヒットしていることから、世界的に共通する社会問題や、人の心とリンクしているのでしょう。
「対の法則」
漫画家・評論家の山田玲司は、諫山創の作劇の素晴らしさは「対の法則」にあると語っている。
この「対の法則」にこそ、諫山の凄さである
●世界そのものを描く力
●社会に思想をもたらした
などの秘密がある。
山田:どんなキャラクターも対になるキャラクターをおいて、一方的にやらない。このキャラクターに感情移入させた後に、全く逆のキャラクターをぶつけていく。っていうことで「どうなんだ?」って読み手が考えるような仕掛けをしているんで深くなるわけなんですね。(山田玲司のヤングサンデーより)
山田:ユミルとヒストリアみたいに友達関係にいたんだけど、実はこれ対になってるっていう。片方は神様にされた孤児(ユミル)、一方は孤児にされた王女様(ヒストリア)この2人が仲良しで双方が双方のことを知らないまま進んでいって結局立場を超えた友情にたどり着くという。この辺も上手いなあって。(山田玲司のヤングサンデーより)
『進撃の巨人』は主人公であるエレンにすら、肩入れして描かなかった。むしろエレンのことを狂人であるかのように、他のキャラクターから照り返して描くことが多かったと思う。
読者がいかようにも解釈できる余地を残すために、諫山は世界、キャラクターをあらゆる角度から描いたのだ。
そんな諫山の描き方で本作は、『一言では語れない物語』となり、人々の中で議論が巻き起こるきっかけとなっている。

諫山の創作テクニックの一つとして、『対の法則』は真似ができそうですね。
まとめ
『進撃の巨人』作者である諫山創が天才と呼ばれる理由をまとめてみると、下記のようなことがわかりました。
●学生時代の持ち込み作の絵に込められた怨念の凄さで編集部を驚かせる
●物語で『世界そのもの』を描く力が圧倒的
●『進撃の巨人』は社会に思想をもたらした。
●社会的な事件と無意識につながる
●『世界そのものを描く』手法としての「対の法則」